statement

2009年よりガラス、金属、陶など様々な素材に触れ制作を開始。主にステンドグラスの技法を応用し、ガラスと金属を組み合わせたオブジェを制作。2010年よりインスタレーション作品の制作を開始し、並行して展示を行う。植物の双葉をモチーフにした作品を多く発表する。
 双葉は本葉の前に生える小さな葉。柔らかく未知数な形をモチーフに感情の揺れと場との呼応を作品にしたいと考えています。
2016 09 19
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 私は、制作において常に、2つのものの境に位置する淡く揺らぎやすい「何か」をテーマにする。
 それは存在し続けているのに、時間や状況の中で変化し、曖昧になり、時として消失したかのように認識される事柄。

 それは常に世の中に満ちあふれていて、個人的な小さなことも広い大きな視野の場合も同じように向き合い見つめてみたいと私は思う。

 見つめるために私は何かを作るという行為をする。
 
 対象の中心に居ては全体を見つめることはできない。
 だから、私はそれを俯瞰する方法を考える。
 
 俯瞰するためには、対象のサイズを仮定しなくてはならない。
(そうしなければ、対象の外へ行くことはできないから。)

 仮定するためには、比較対象を用意しなければならない。
(極点と極点の2点があって、間隔や距離を存在させられるから。)
 
 測るという行為の中で生まれた「大きい」「小さい」という言葉も、物の単位という表現も、そのための先人の発明だ。
 明確で多くの人に伝わる素晴らしい発明だけど、その方法で淡く柔らかなものを捉えることは難しい。

 私が捉えたいのは、記号化されるうちに削ぎ落とされてしまう弱く淡い「何か」だ。
 今は未だ見えないけれど、ずっと存在し続けている「何か」なのだ。

 ふと、制作中に思うことがある。
 「私は感覚的な仮説を検証するための模型を作っている。」と。

 それは事実で、私の制作の半分はいつも同じ目的による同じ行為だと自覚している。
もう半分は、その時と場所と状況と作り手である私の感情の変化により形を変える。

 制作という行為を繰り返すことで浮かび上がる”不変と変化”を強く意識化することで、私の追う「何か」の輪郭が少しずつ鮮やかになるはずなのだ。

 インスタレーションという空間と常に向きあう手法も、双葉という植物的なモチーフも、硬質な金属やガラス素材の質感も、そのための現時点での最良のツールなのだ。

 例えば、地球を見るために人が宇宙へ行ったように、
”見えないものを見たい。” ”わからないこと理解したい。”という思いは、全ての人が持っていると思う。
そして、そのための方法はたくさんある。科学も文学も数学も美術も他にも。
明らかにしたい「何か」に、どの方法で近づくことができるのか、また自分という媒体にとってどの方法が最適なのか。全ては、その選択なのかなと最近は考える。

私は、そのために「美術」と呼ばれるものを選択した。
そして、私の追う「何か」はこの方法を続けることで少しずつ鮮やかになるもの。
私は、自分がそのことを続けられるために、自分を未知の場所へ連れ出す。
今はまだ、その壮大なプロセスの初期段階。

2015/2/17


ある瞬間訪れ、心震わす “何か” を見つめ続けたくて形にする。
それを試み続けることが私のするべきこと。

“何か”は
音であったり、
色であったり、
言葉であったり、
表情であったりする。

“何か”は、
地点AでもBでもなくて、AとBをつなぐ線の部分。
2点をつなぐ線上の1つの地点。
関係性の中にみる一瞬の景色。

その景色を見た瞬間の震えを共震させられる形を探し続ける。


The something comes front of me at the certain moment.
It shakes my heart.
I will try to make it.
Because I want staring it.

It is the sound.
It is also the color.
It is also the words.
It is also the expression.

It isn't the A and B point.
It is the line connecting the A and B point.
I looking for a special point on the line.

I keep making it.
Because I want staring it.

2014.feb